完全無調整で安定・高音質のプッシュプル!
EL34差動プッシュプルアンプ
2011年 4月27日
(はじめに)
知り合いにアンプを作ってくれと頼まれました。
「ボーカルが美しく響くアンプを作ってほしい。主に聴く音楽はバロック。予算は5万円程度。デザインより音重視。詳細は任せる」という依頼です。
スピーカの能率や、部屋の広さ等をヒヤリングして、10Wもあれば十分かな?という感じでしたので、そういうアンプを作ることにしました。
2号機のマイナス給電アンプは、かなりの成功作だと自己満足しているので、それをベースに出力アップ、という手もあるのですが、今回は、以前から気になっていた差動プッシュプルアンプを作ることにしました。
基本的には、差動プッシュプルアンプの教祖「ぺるけ」さんの標準アンプをベースに考えたいと思いますが、球を交換する度に可変抵抗などによる調整が必要ないように、少し工夫を施すことにします。自分自身が扱うわけではないので、球を交換する時に面倒な手間が生じることを避けるためです。
ということで、今回も「シンプル」「無調整」「安定動作」のポリシーで設計を進めます。
(目標)
・完全無調整でトラブルの発生しにくいシンプルな回路構成にする
・音は、十分なチャネルセパレーションが得られるようにし、最低限2号機のマイナス給電アンプに負けない特性が得られることとする
・出力は10W前後
・予算は5万円
(回路図) (2011.4/27修正)
■アンプ部回路図 New! (※以前掲載した回路図のあるバージョンで、定電流回路部分に大きな誤りがありました。謹んでお詫び申し上げます)
■電源部回路図 New!
当初は、こちらのような回路、こちらのような電源回路で組み上げたのですが、多大なハムが発生したので、設計しなおしました。
ハムの原因はLM317の発振でした。いろいろ試行錯誤しても抑えることができなかったので、トランジスタ2個を用いた定電流回路を組んで作り直しました。
電源回路も現回路のほうが少しシンプルになっています
動作の基本は差動プッシュプルアンプの教祖(?)であるぺるけさんの本やホームページの解説をベースにしています。
球は、安価で、特性が良く、将来にわたって入手が容易なEL34(6CA7)を前提に、10W程度の出力が得られるようにします。
当初は6L6GCを前提に考えていたのですが、EL34の方が、内部抵抗が低く、少ないNFBでもダンピングファクタが得やすいこと、動作電圧を高くしなくても良いこと、を理由に変更しました。
なお、6L6GCでも出力が7W程度に下がりますが問題なく音は出ますし、+B1〜B0間の電源電圧を20数Vほど上げれば、6L6GCでも本アンプと同じ出力が得られます。
出力段の差動回路は、定電流回路を用いて2つの球を平衡動作させますが、ぺるけさんの標準回路では、1つの定電流回路を2つの球のカソードに接続させているのに対して、本アンプでは、1つの球について1つの定電流回路を独立して用意する方法(独立型定電流回路)としました。
この方法は、完全無調整でも、2つの球の電流値の偏りが出ないようにできるので、OPTの性能劣化が発生しない、という点が大きな魅力です。
2つの球のカソード間をコンデンサで接続するので、そこで低域の特性劣化が発生するというデメリットはあるのですが、個人的には、今まで作ったアンプも同じように信号経路にコンデンサが介在するシングルアンプだったので、あまり大きな欠点だとは感じません。
独立型定電流回路にしたことにより、6L6GCや5881,KT66,KT88など、損失や許容電圧が大きな球であれば、自由に挿しかえ可能なだけでなく、特性は少し落ちますが、異なる種類の球をセットにしても問題なく鳴らせます。
電源部の回路(整流回路)は、かなり面白いのではないかと思います。
マイナス給電アンプで行ってきたことの応用ですが、終段カソードの定電流回路で、大部分の電源の変動(リップル)を吸収させることで、小容量のコンデンサだけで十分にリップルを抑えることが可能となっています。
なお、2つある定電圧ダイオードは、コンデンサが充電されるまで、C1,C2の電圧が不安定になるのを抑えるためのもので、通常は定電圧ダイオードとしては動作はしませんが、B0〜C2間のものは、ダイオードとして動作し、C2の電圧を低めに保つ(⇒終段グリッドの電圧が低くなる⇒終段カソードの電圧が低くなる⇒定電流回路の発熱が抑えられる&出力アップ)という効果があります。
このリップルが出にくい理屈を理解したい方のために、私なりにリップル計算図なるものを作ってみましたので、ご興味のある方は、ご参照ください。(New! 実測値を追記)
整流直後の周波数である100Hzのインピーダンス値を青字で示しています。
B0〜G(アース)〜B1間で、Gを基準に考えると、B0側は高インピーダンス、B1側は低インピーダンスになっていることがわかるかと思います。
整流直後のリップルを、この青字で示したインピーダンス値で分圧すると、34(Ω)÷(34+100+39000)(Ω)=1/1000以下となり、B1側には10mV程度しかリップルが発生しないという理屈になります。
通常は、出力段のカソード抵抗に大きな値を挿入することができないため、その部分がネックになるのですが、半導体を使用した定電流回路により、出力段カソードのリップルを抑えることが可能となっています。
結果、リップルを抑えるために通常用いられる、チョークコイル(または大容量/多量のコンデンサ)が、省略できます。
定電流回路は、PNP型パワートランジスタの2SA1930を2石で作成します。当初は簡易に優れた特性が得られる3端子レギュレータ(LM317)を使用しようと考えましたが、発振を抑えることができず、断念しました。
リップルは十分に小さくすることができましたが、無調整では電流値に若干のバラつきがあり、バランスがあまり良くないのが欠点です。
2段アンプで利得が小さいので、限界はありますが、プリアンプがあるそうなので、入力感度を低くすることで、可能な範囲でNFBをかけます。
NFBがどの程度安定してかかるか、どのように音質が変化するかは設計段階では不明なので、トライアンドエラーでチューニングしてみることとします。
(期待できる特性)
・出力:9W
・クロストーク:-80dB以下(全帯域)
・残留ノイズ:0.5mV(8Ω)未満
・DF:3以上
・消費電力:120W
想定している終段のロードラインは、下記のとおりです。
(特性図はぺるけさんのホームページからいただきました)
その他の代表的な球については下記のとおりです。
・6L6WGB/5881/6L6GC
・6550/KT88
初段のロードラインは、下記のとおりです。
(特性図はぺるけさんのホームページからいただきました)
(主要部品と実装)
大型の物品が決まらないと実装は決まりません。
まず、出力トランス(OPT)は、春日無線のKA-8-54P(購入当時3,000円)にしました。
東栄変成器のOPT-10P(購入当時2,500円)あたりも候補だったのですが、春日のほうがカバー付でデザインが良く(シャーシの外に出せる)、1号機のOUT-54B57が好ましい音だったので、イメージの良さもあって決めました。
念のため、店で特性表を見せてもらったところ、10Hz〜60kHzまで-1dB未満とフラットで、その周囲のカーブも価格からは信じられないほど滑らかでした。
※ ホームページにも掲載されているようです
いろいろ質問して注意点を教えてもらいました。
・定格としては7Wくらいに抑えてほしい。瞬間的には10WもOK
・アンバランス電流にはあまり強くない。極力電流バランスはとってほしい
まさに今回のアンプにぴったりのOPTではないかと思います。インダクタンスが十分ありながら高域も伸びているので、出力を欲張らなければ非常に良い音が期待できそうです。
※ OPTは購入後、各巻線の直流抵抗を測ってみました。
(一次側)
P1〜B | P2〜B | |
1台目 | 103.6ohm | 88.6ohm |
2台目 | 102.5ohm | 87.3ohm |
平均 | 103ohm | 88ohm |
0〜4ohm | 0〜8ohm | 0〜16ohm | |
1台目 | 0.9ohm | 1.05ohm | 1.25ohm |
2台目 | 0.9ohm | 1.05ohm | 1.25ohm |
平均 | 0.9ohm | 1.05ohm | 1.25ohm |
電源トランス(PT)も回路に合ったものがないか探したのですが、春日無線で特注にした方が安くあがることがわかりました。
電圧は、定格時でもACの1.3倍程度の電圧は出る、通常は1.4倍程度で設計する(ぺるけさんの本に書かれているよりもかなり高め)との説明があったので、下記の仕様で特注しました。
BS500(50VA)特注、0-240,250,260V AC 400mA + 6.3V3.5A×2
容量にはかなり余裕があるのですが、電圧は、実測1.3倍程度でした。
電圧はもっと高めにすればよかったと反省です。
部品の配置は、重量バランスが良く、チャネルセパレーションが良くなるように左右の球は近接させない、配線ルート(特に初段周り)を短くという考え方で、中央手前に電源トランス(PT)を置くことにしました。
今回のPTには、特に電磁シールドやショートリングはつけていませんので、OPTの向きと位置を変えながら、ハムの少ないポイントを探し、位置決めをしました。
結果、この配置がハム最小で、8Ω両端で0.14mV程度(8kΩ両端で4.5mV)でした。
3つのトランスを直列にしても、ハムが非常に少なくなりました(8Ω両端換算で0.10mV程度)が、重量バランスと配線レイアウトのやりやすそうな上記の配置にしました。
目標の8Ω両端で0.5mVは、B電源のリップルを抑えれば十分達成できそうです。
最終的な実装イメージはこの様な感じになります。
シャーシの塗装とトランス類以外の取り付けと終えた段階の写真です。
■実装図 (2011.4/27修正)
実装図では、ACコンセントと電源SW・Fuseの配線は割愛させていただいています。
少しややこしいのは、トランジスタ2石による定電流回路で、2段重ねで側面にネジ止めします。
1本の長いボルトにワッシャー⇒シャーシ⇒トランジスタ⇒スプリングワッシャー⇒ナット⇒トランジスタ⇒ナットという順に取り付けます。
2石のうち、多量の電流の流れる方をシャーシに密着させ、放熱させますが、そうでない側は宙に浮いた状態になります。
シャーシへの取り付けはかなり難易度が高いです。シリコングリルをたっぷり塗って、ネジのワッシャーが滑らないようにして何とか取り付けましたが、側面ではなく、上面取付で設計すれば良かったと反省しています。
製作は、下記の手順で実施しています。
1.シャーシ加工:穴あけ⇒塗装下地(紙やすり)⇒下塗り(メタルプライマー)⇒本塗装
2.部品取り付け(一部):ソケット・各プラグ類取り付け
※ 重いトランス類は後で取り付けました。
3.配線:ヒーター⇒半導体(LM317)周辺⇒真空管周辺(抵抗&配線)
※ 電源トランスを取り付けるまではラグ板がつかない箇所があるため、電源周りの配線は後で実施します。
4.トランス取り付け:電源トランス・出力トランス
5.残配線:電源周りの配線⇒コンデンサ取り付け
6.ACコード・FUSE取り付け
7.試験
一度半田あげをした後の修正は大変なので、慎重にゆっくり行なうのがコツです。
(と思いながらも何度もやり直しがでました。。。)
ずっとハムに悩まされていましたが、2011年4月、ようやくまともなノイズレベルに収めることに成功しました。
まだNFBをかけていない状態ですが、しっかりとした低音の上に細やかで定位の良い音が出ています。
これが差動アンプの音か、と納得です。
音を聴く限り、NFBがなくても問題ないのでは?という感じもしますが、控えめにかけてみたいと思います。
(物品リスト) (2011.4/27修正)
物品種別 | 購入店 | メーカー | 品名 | 数量 | 単価 | 小計 | 仕様 |
出力管 | クラシックコンポーネンツ | EH | EL34 | 4 | 1,200 | 4,800 | |
増幅管 | アムトランス | Sovtek | 12AX7WA | 2 | 950 | 1,900 | |
真空管ソケット | 海神無線 | オムロン | US8P | 4 | 130 | 520 | タイト |
中央無線 | MT9P | 2 | 120 | 240 | モールド黒 | ||
出力トランス | 春日無線 | KA-8-54P | 2 | 3,000 | 6,000 | 8kohm 10W 60H 80mA(片側) オリエントコア 72x51mm | |
電源トランス | 春日無線 | BS500 | 1 | 9,800 | 9,800 | BS500 55mm 150VA 14本 7A 100mm× 84mm 特注 | |
電解コンデンサ | 瀬田無線 | Elna | 47μF 450V | 2 | 450 | 900 | |
10μF 450V | 1 | 190 | 190 | ||||
千石電商 | 東信工業 | 2200μF 50V | 4 | 100 | 400 | ||
470μF 10V | 1 | 50 | 50 | ||||
フィルムコンデンサ | 0.1μF630VDC | 4 | 50 | 200 | Ccp | ||
パワートランジスタ | 東芝 | 2SA1930 | 8 | 100 | 800 | ||
ダイオード | 日本インター | 31DF6 | 4 | 120 | 480 | 600V3A | |
定電圧ダイオード | ルネサスエレクトロニクス | HZ-16-2E | 2 | 20 | 40 | 16.1V 0.5W | |
定電流ダイオード | 石塚電子 | E-102 | 6 | 50 | 300 | 1mA 定格:100V300mW | |
固定抵抗 | 4 | 40 | 160 | 3W セメント(Rk2) | |||
28 | 5 | 145 | 1/2Wカーボン(小型品) | ||||
4 | 5 | 20 | 1/4W金属皮膜 | ||||
ラグ板 | 瀬田無線 | 1L4P大 | 4 | 70 | 280 | ||
1L5P大 | 4 | 80 | 320 | ||||
1L6P大 | 8 | 90 | 720 | ||||
配線材 | 小柳出電気商会 | VSF | 1 | 315 | 315 | 配線材セット,6色各2m,AWG22(0.33mu) | |
1 | 315 | 315 | 配線材セット,6色各2m,AWG20(0.52mu) | ||||
シャーシ | エスエス無線 | リード | S-21 | 1 | 1,775 | 1,775 | 400×150×65×1.4t |
ゴム足 | 千石電商 | 4 | 30 | 120 | |||
メタルプライマー | ケーヨーD2 | アサヒペン | 1 | 698 | 698 | スプレー300ml | |
ラッカースプレー | 1 | 399 | 399 | スプレー300ml コーヒーブラウン | |||
マウントRCAジャック | 千石電商 | 2 | 150 | 300 | 金メッキ、絶縁タイプ | ||
SP出力ターミナル | LT-12 | 4 | 120 | 480 | 金メッキ | ||
ヒューズホルダー | 瀬田無線 | 1 | 140 | 140 | 250VAC 10A | ||
ヒューズ | 千石電商 | 1 | 20 | 20 | 125V2A | ||
電源SW | 1 | 150 | 150 | 1回路1接点 半田端子 単極単投 AC125V5A W12D23H33mm | |||
電源ケーブル(2P) | 大栄電工 | 1 | 100 | 100 | AC125V 7A 黒色2m | ||
電源コード・ストッパー | 瀬田無線 | 1 | 100 | 100 | |||
ネジ類 | 千石電商 | 1 | 560 | 560 | 一式 | ||
ステップドリル | 愛三電気 | 0 | 9,660 | 0 | 別掲(9660円) | ||
合 計 | 33,702 | 消費税込 |
予算の5万円は余裕でクリアできました。
音の素晴らしさを考えると、コストパフォーマンスは抜群です。
(取り組み履歴)
2005年 9月:構想・設計開始
2006年 3月:基本設計完了、シャーシ加工開始
2006年 4月:実装図(配線図)完成、シャーシ加工完了、塗装開始
2006年 5月:シャーシ塗装完了、製作中断
2007年 1月:製作再開(配線開始)
2007年 5月:とりあえず組み上げ、トラブルシューティング
2007年 6月:回路見直し開始
2007年 9月:電源回路設計見直し完了
2007年12月:細かい設計変更
2008年 5月:電源回路変更作業完了、改善せず →中断
2009年12月:定電流回路再設計
2010年 3月:定電流回路誤り修正
2010年 4月:NFB以外ほぼ完成、測定結果反映