マイナス給電 技術解説

2010年 2月17日

 

(はじめに)

 マイナス給電って何? どこが良いの? 普通のアンプとどう違うの?
 そのような疑問にお答えするべく、マイナス給電アンプのメリットを、技術的・理論的にできるだけわかりやすく解説したいと思います。

 

(マイナス給電アンプの定義)

 通常の真空管アンプは、マイナス側(カソード側)をアースにしてプラス側(プレート側)より給電を行います。
 このプラス側の電源のことを、通常「B電源」といいます。
普通の電源回路は、交流を直流に整流した直後の残留リップル(交流成分)を除去するための平滑回路(フィルター)で、B電源のリップルをできるだけ小さくしていくという構成になります。

 これに対して、マイナス給電は、プラス側をアースにして、マイナス側にマイナスの電源を供給する方式です。
 この場合のマイナス側の電源を、私は「−B電源」と呼んでいます。
 マイナス給電の場合もこの−B電源を平滑し、リップルを小さくしていくことになります。

 

(マイナス給電の効能)

 マイナス給電にすると、どんな良いことがあるのでしょうか?

 1.残留リップルによる雑音を容易に小さくできる
 2.左右信号のセパレーションが良好
 3.ローカルNFBがかけやすい
 4.鮮度の高い音質が得られる
 5.電力の使用効率が良い
 6.高い安定性

 上記効能のメカニズムを原理を以下に解説してみます。

 

(マイナス給電の技術解説)

 以下の内容を理解するための基本知識として、まずはぺるけ師匠真空管アンプ設計マニュアルの下記ページをご一読ください。
・ 電源の設計その1 (基礎編)
・ 電源の設計その3 (リプル・フィルタ回路の基礎/前編)
・ 電源の設計その4 (リプル・フィルタ回路の基礎/後編)
・ 真空管の最大定格
・ バイアス方式とグリッド抵抗

 

(解説用の標準回路)

解説の例として、もっとも単純な構成の2A3シングルアンプを設計してみました。(下図)



 回路図には明記していませんが、ヒーター回路は直流の安定化電源を使用していることを前提としておきます。(そうでないと、ヒーターハムが大きくなるので、一所懸命リップルを削減する意味がなくなります)
 負帰還はかけていませんが、左右のクロストークや残留雑音も、十分満足のいく特性に仕上がっています。
なお、以下の解説では、この回路を標準回路と呼ぶこととします。

 

(マイナス給電の回路例)

 上記の標準回路をマイナス給電アンプに変更してみると、下図のようになります。


増幅回路に定電流回路を組み込んでいるので、少し複雑にみえますが、定数は変更していませんので、歪率やダンピングファクター等は例1と全く同じになります。
電源回路はかなりシンプルに見えるかと思います。

 

(効能1.「残留リップルによる雑音を容易に小さくできる」の理由)

 通常、残留リップルを抑えるためには、チョークコイルや大容量のコンデンサなどを用いて、リップルを平滑していく手法を取ります。
 標準回路の場合、整流直後の電圧は、定格までかなり余裕がある(200mA流せるのに対し120mAしか使用していない)ので、250V×1.32=330V、そのときのリップルは、ぺるけさんのマニュアル「図5 直流出力(Eo)に対する残留リプル(Er)含有率(%)表」から計算すると、330V/122=2.7kΩで47μFを使用したときのEr/Eo=1.8%程度なので、330V×1.8%=6V程度となります。
 これを最終的に8Ω両端で1mV未満になるように、リップルを平滑しています。
 このリップル平滑のメカニズムは、下の解析図を見ていただければイメージがわくかと思います。

 マイナス給電ではどうなるでしょうか?
電源回路には、チョークコイルもなく、ずいぶん少ない物量になりますので、これでリップルが抑えられるか不安に思われるかもしれませんが、同様に解析してみましょう。


ご覧のとおり、リップルは通常のアンプの約1/5まで小さくなっています。
定電流回路、およびR3の高い抵抗値が高性能なリップルフィルターの役割を兼ねることで、-Bのリップルを激減することができるためです。

 

(効能2.「左右信号のセパレーションが良好」の理由)

 通常のシングルアンプでは、電源回路を左右共通にすることが多いのですが、そのようにしてしまうと、左チャネルに信号を入力しただけで右チャネルに音が漏れてくる、といった現象(=クロストーク)が発生します。
 このクロストーク発生のメカニズムは、下の解析図を見ていただければイメージがわくかと思います。
 左チャネルが最大出力(3.5W)で信号を再生しているとき、2A3は、約100Vacの信号を送出した状態になりますが、そのときに、右チャネルにどれだけの信号が漏れてくるかというシミュレーションです。


 このように、左右チャネルの電源を共通にしてしまうと、50Hzで36dB(※)ものクロストークが発生してしまいます。
(※終段の電源回路経由で発生したものだけで36dB。
  実際には、初段でも発生しますし、高周波の飛びつきなどのクロストークもありますが、便宜上無視しています)

 このクロストークを少なくするため、標準回路では、途中でリップルフィルターを左右独立としています。


 これにより、50Hzのクロストークは、59dBにまで改善していますが、私の感覚では、できれば80dB程度はあってほしいところです。

 チョークコイルを左右独立とすれば、クロストークを大幅に改善することは可能です。(下図)



 マイナス給電アンプのクロストークについても、同様に解析してみましょう。


 クロストークは皆無といってよいほどです。
通常の真空管アンプで最も多くクロストークが発生する部分を、これ程までに抑えられるというのは、驚異的ですらあります。
 物量をかけて完全に左右独立のリップルフィルタを入れた回路と比較しても100Hzで85dB=1.8万分の1、50Hzでは106dB=20万分の1と、はるかに優秀であることがわかります。
 実際には、初段の電源経由によるまわりこみもありますので、こちらについても解析してみましょう。


 こちらも非常に小さい値です。
 あとは実装(トランスや真空管の左右の位置関係)に気をつければ、ほぼ完璧なセパレーションが得られるでしょう。

 

(効能3.「ローカルNFBがかけやすい」の理由)

 真空管アンプで、スピーカの制御能力に相当するダンピングファクタ(DF)を良好にするためには、負帰還をかける必要があります。
 真空管アンプで負帰還をかける場合、出力トランスの2次側から初段に向けてかける形(オーバーオールNFB)が一般的です。
 標準回路にオーバーオールNFBをかけた時の回路を下に示します。

 この方法は、DFだけでなく、ひずみ率や残留リップルも小さくなります、、、というと良いことばかりのようですが、実際には、OPTの特性上、十分な量を安定的にかけることは難しく、いろいろな工夫が必要となります。
 特に、内部抵抗の高い多極管のアンプの場合は、最低でも15dB、可能であれば20dB以上のNFBをかけたいところですのが、オーバーオールNFBだけでこれだけの量を安定的にかけることは、かなり困難です。
 オーバーオールNFBをかける場合は、マイナス給電でもまったく条件は変わりません。(下図)


 NFBを安定的に十分な量をかけるには、ローカルNFBという局所的にNFBをかける方法があり、中でもOPTの一次側からのNFBは非常に安定性に優れます。
 OPTの一次側からのNFBは、プレートからグリッドに向けてのNFB(PG帰還)と、プレートから前段のカソードに向けてのNFB(PK帰還)があります。
 標準回路にローカルNFBをかけたときのイメージを以下に示します。


 図を見ていただくとわかるのですが、通常の電源供給でPG帰還またはPK帰還をかけると、B電源のリップルの影響が大きくなり、雑音が増えてしまうという弊害があります。
 なぜNFBをかけているのにリップルが増えてしまうのでしょうか?
 これは、B1に残っているリップルと同じだけのリップルが2A3のプレートに残っているときが、OPT両端の電位差が少なく、最も残留雑音が少なくなるのですが、NFBをかけることで、2A3のプレートのリップルが少なくなってしまうためです。
 それを避けるためには、リップルフィルターをより強力に、すなわち物量を大きくしてB1のリップルを減らす必要があるのです。

 一方マイナス給電の場合は、NFBをかけることにより、雑音が減るという効果があり、ローカルNFBを弊害なくかけることができます。(下図)


 これは、OPT一次側の0端子(標準回路のB1に相当する部分)がアースであり、リップルが皆無だからです。
 また、PK帰還については、直流カットのためのコンデンサ(Cnf)を省略できることも、大きなメリットです。

 

(効能4.「鮮度の高い音質が得られる」の理由)

 「鮮度の高い音質」というのも極めて抽象的な表現ですが、音質的にメリットが得られる要素を列挙します。
 (1)信号の通り道がシンプル
 標準回路の場合、2A3を通る信号は、B1〜OPT〜2A3〜Ck2〜(アース)〜C2〜(B1)というループを通ります。(下図)

 それに対して、マイナス給電アンプでは、アース〜OPT〜2A3〜Ck2〜(アース)という単純なループになります。

 このループがシンプルで通過する部品(コンデンサ)の数がひとつ少ない点、アースの基準点や電源回路を信号が通過しない点が鮮度を高くする理由として挙げられます。
 ちなみに、この点については、固定バイパスのアンプでも、うまく設計すれば同じ効果を得ることができます。ただし、固定バイアスは効能5の安定性については犠牲になります。

 (2)OPTの固定端の安定性  アンプの出力部分はOPTです。
 そのOPTの片側は、真空管(2A3)の動作により正確に信号を増幅しようとしていますが、もう片側がしっかりと固定していないと、せっかく増幅した信号がボケてしまいます。
 標準回路の場合、B1の電源がしっかり安定していることが必要ということになります。
 B1は、C2の容量が小さければ小さいほど、低域で、OPTの動きによって電圧が揺らいでしまいます。
 オーバーオールのNFBをかけることで、この問題を改善することが可能ですが、OPT一次側からのローカルNFBでは効果がありません。

 一方、マイナス給電アンプでは、OPTの片側はアースです。
 これ以上なく安定していますので、真空管の動作に忠実にOPTから出力が得られることになります。
 その代わり、Ck2の容量が小さいと、低域でカソードが揺らいでしまいますが、この部分の揺らぎは、OPTの一次側からのローカルNFBだけでも、OPT両端の信号として正確なものに改善することができます。

 

(効能5.「電力の使用効率が良い」の理由)

 マイナス給電アンプの電源回路を良く見ると、R2という抵抗があるのがわかるかと思います。
これは、−Bの電圧値が大きくなりすぎるのを、無理やり下げるために挿入したものです。
逆に言えば、もっと電圧の低いトランス(240Vac)を使って同じ特性のアンプが作れます。
電圧の低いトランスを使えば、消費電力を下げることが出来 ⇒アンプ内の無駄な発熱を抑えられ ⇒部品の寿命が伸びる というメリットが得られます。

 その理由をまとめると、下記のとおりです。
 ・標準アンプでは、真空管以外に必要な電圧として、
  @リップルフィルター用(標準回路の場合25V)
  Aカソードバイパス用(標準回路の場合45V)
  B出力トランス(OPT)に流れる直流抵抗分(標準回路の場合10V)
  の3つが必要

 ・マイナス給電アンプでは、B出力トランス(OPT)に流れる直流抵抗分は標準回路と変わりませんが、
  @リップルフィルターとAカソードバイパスの両方の役割を、定電流回路が兼ねるため、Aの値(今回の例では45V)分あれば十分となります。
  結果、@の25V分の余分な電力を消費しなくて済むわけです。

 

(効能6.「高い安定性」の理由)

 マイナス給電は、真空管に優しく、高い安定性が得られます。
 その理由を列挙します。

 (1)真空管のプレート損失の最大定格が守られる
 標準回路等、カソードバイパスのアンプの場合、出力管(2A3)のプレート損失はRk2の値で制御されます。
 (ぺるけさんのマニュアルの、バイアス方式とグリッド抵抗 参照)
 もし、真空管のバラつきや老朽化によってバイアスが狂ってくると、Rk2を流れる電流(=2A3を流れる電流)が変化し、プレート損失にも変化が現れます。
 マイナス給電アンプの場合、カソード抵抗部分が定電流回路のため、2A3のバイアスが変化しても、2A3を流れる電流は常に一定に保たれ、プレート損失は変化しません。
 (ただし、電源電圧の変化によるプレート損失の変化は通常のアンプと同様に発生します)

 (2)熱暴走が発生しにくい
 どの真空管にも、第1グリッド抵抗の最大値という定格があります。
 (ぺるけさんのマニュアルの、真空管の最大定格 参照)
 この定格は、特に古典球といわれる古い真空管で厳しく、標準回路で使用した2A3も大きな値の第1グリッド抵抗は使用できません。
 標準回路の場合、Rg2を220kΩにしていますが、カソードバイアスの場合、第1グリッド抵抗は250kΩ以下、という定格があるためです。
 (ちなみに固定バイアスの場合50kΩにまで小さくしなくてはなりません)
 ぺるけさんのマニュアルの解説を読むとわかると思いますが、カソード抵抗が大きくなれば、熱暴走が発生しにくくなります。
 マイナス給電アンプの場合、カソード抵抗部分が定電流回路のため、抵抗値=無限大となり、第1グリッド抵抗値を大きくしても熱暴走は発生しません。
 (極端に大きくすると定電流回路の動作範囲をはみ出してしまいますが、常識の範囲であれば問題ありません)

 ※ この効能については、マイナス給電に限定されるのではなく、カソード抵抗に定電流回路を用いた回路全般に得られるメリットとなります。

 

(マイナス給電のデメリット)

 真空管アンプの終段をマイナス給電にすることにより、さまざまな効能があることを解説いたしましたが、
初段については、入力の基準がアースなので、一般的なプラスの電源供給の方がシンプルに高特性が得られます。
 結果、マイナス給電アンプは、プラス電源とマイナス電源の両方が必要となります。
 物量は確かに少なく済みますが、部品点数はというと。。。 必ずしも少なくはなりません。

 

("マイナス給電"流アンプ)

 マイナス給電の応用として、マイナスの電源を用意せずに、その効能を得ようという方法もあります。
 「プラス側を交流的にほぼアース(リップル最小限)にし、マイナス側にリップルが残る形での電源供給」という方法で、交流的にマイナス給電と同じ考え方になります。
 プラス側は"直流的には"アースではないため、交流的に完璧なアースにすることはできませんが、マイナス給電に近い効能が得られます。
 詳細は、50BM8直結シングルアンプ、およびEL34差動プッシュプルアンプFETドライブ6BQ5直結シングルアンプ  のページを読んでいただきたいと思います。

 


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